明治24年(1891年)3月8日 神田駿河台にニコライ堂が開堂

明治24年(1891年)3月8日 神田駿河台に日本ハリストス正教会教団の「東京復活大聖堂」(ニコライ堂)が開堂しました。
煉瓦及び石造の一階建で銅板葺、建築面積は805.3平方メートル。重要文化財に指定されています。

日本ハリストス正教会教団は、幕末の文久元年(1861年)にロシヤから来日した伝道師ニコライが創建した正教会。原設計はペテルブルクの建築家ミハノール・アレフイエウイチ・シチユールポスで、実施の設計はジョサイア・コンドルが行ったとされています。

明治17年(1884年)に起工し、明治24年(1891年)2月に竣工し、3月8日に開堂しました。様式はロシア系ビザンチン風。関東大震災で鐘楼、ドームが破壊しました。岡田信一郎の設計で復興されましたが、内部は創建時とは大きく形が変わりました。しかし、窓枠をのぞく壁体は当初のままを残しています。

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岡田信一郎は静嘉堂@丸の内が入っている重要文化財「明治生命館」も設計しました。こちらは昭和の建造物として初の重要文化財に指定されています

日本最大のビザンチン式建造物として知られているニコライ堂は頂上までの高さが35メートルもあります。建坪は318坪(805.3平方メートル)、壁の厚さは1~1.63メートルと重厚です。


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月曜以外の午後1時から3時半まで聖堂拝観ができるよ。HPのカレンダーでチェックしてみて

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